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第21回 アリストテレス 2 [古代ギリシア]

 アリストテレスにとって、理想とはどのようなものだったか。これは非常にはっきりしています。
 それは「中庸」です。例えば、「勇気」も多すぎると「無謀」になり、少なすぎると「臆病」になる。「勇気」という美質もバランスの取れたものでないといけない。
 あるいは「矜持」は多すぎると「高慢」になり、少なすぎると「卑屈」になります。最近日本のことをやたらほめたたえる本やテレビ番組が増えてきたといわれますが、日本という国に対する「矜持」が揺らいで「卑屈」になり、そのバランスをとるために「高慢」なものでもいいから日本をほめたたえるものを求める、といったところでしょうか。ただ、これが過ぎるとヘイトスピーチや、SNS上での「反日」という誹謗中傷にまで行ってしまうということになるんではないかと私は考えます。
 この考えもやはり観察から導かれたものではないでしょうか。生物や、人間や、社会やいろいろなものを観察していると、過剰なものや不足しているものは自然に淘汰され、ほどの良いものが残るという実例を多く見た結果、「中庸」の徳を重視することになったのではないかと推測されます。ここでもアリストテレスは「善のイデア」のような絶対的な理想を持ち出したりはしないのです。
 ただ、アリストテレスは「観察」に条件をつけています。観察するためには冷静で理性的で客観的な態度が必要だというのです。思い込みや主観的な態度で観察したものからは正しいものを見つけ出すことはできないということでしょう。それは特に「観想(テオーリア)」という言い方で示されています。
 アリストテレスは人間の生きる目的は「幸福になること」と考えました。そして最も幸せな生活は、理性的に観察して暮らす「観想的生活」だとしています。とにかく観察することの好きな人だったのですね。
 アリストテレスもプラトンのように学校を作りました。あらゆる学問に通じていた彼らしく、博物館や図書館も備えていたそうです。そして、弟子たちと学校の前の小道を散歩しながら講義をしたのだそうです。おそらく何か見つけては足を止めて観察したりしたことでしょう。人々はアリストテレスとその弟子たちのことを「逍遥学派」と呼んだといいます。
 また、後世、アリストテレスは「万学の祖」と呼ばれます。哲学や生物学だけでなく、政治学、倫理学、天文学に芸術と、あらゆる学問について著作を残しているからです。そして、その学問は、例えばイスラームの国々に伝わり、発展し、地中海貿易を通じてルネサンスへと発展していく礎になるのです。

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