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第2回 「倫理」ってなんだ(2) [はじめに]

 さて、今回は「倫理」とは何をする科目かということについて考えてみることにします。
 手元の「三省堂国語辞典 第七版」で「倫理」という言葉を引いてみます。「善悪の基準(として守らなければならないことがら)」とあります。派生語として「倫理学」もあり、これは「道徳の判断や基準について研究する学問」とされています。「新明解国語辞典 第五版」では「倫理学」はもっと踏み込んで「道徳とは何か、善悪の基準を何に求めるべきかを通して社会的存在としての人間のあり方を研究する学問」とあります。
 うーむ困りました。「善悪」や「道徳」の基準そのものを研究することとそれを通じて「人間のあり方」を研究するのとではその目的が違います。同じような言葉を使いながら、二つの辞書は全く違う意味を指し示しているのです。
 では、文部科学省は「倫理」という科目についてどう定義しているのでしょうか。平成30年3月告示の「高等学校学習指導要領」には「倫理」という科目の目標についてこんな風に書いています。
「人間としての在り方生き方についての見方・考え方を働かせ……」
 高校で学ぶ「倫理」は、辞書でいうと「新明解」の解釈に近いようですね。
「人間のあり方」なんて、答えは一つではありません。それぞれの人がそれぞれの立場で見つけ出していくような性質のものです。
 だから、「倫理」の教科書や資料集を開いてみてみると、目次には古今東西の哲学者や宗教家の名前が並んでいます。中には相反した考えの人が前後していたりもします。
 つまりこういうことです。高校の「倫理」とは「人間のあり方」を研究するために、様々な人の考え方を知ってもらい、それをもとに自分なりに答えを出してみる、というような科目らしい。
 実は、ここがポイントなのです。
 僕はこのブログでこれからいろいろな「善悪の基準」を紹介していく予定なのですが、それは専門の研究家から見たら上っ面をなでているだけとしか感じられないものもあるでしょう。間違った解釈をしているととられてしまうものもあるに違いありません。
 実は「倫理」という科目としてはそれでいいのだ僕は思っています。まず、さまざまな考え方や物の見方のサンプルを見ていただき、そこから自分に合ったものを見つけ出していただきたいのです。高校で「倫理」という科目を学ぶというのは、そこに意味があるのではないかと、僕は考えています。
 そう考えると、同じ公民科の「政治経済」、あるいは社会科の「地理」や「歴史」と比べると、やっぱり異質な科目だなあと思うのです。

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